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自粛警察と進化心理学 ― 『だまされ上手が生き残る 入門!進化心理学』の5章を読んで

 今年大学生になった妹と一緒に進化心理学についての新書を読んでいます。今日はその読書メモを記事にしてみました。

 

【感想】

 この章では、長く続いた狩猟採集時代の生活において、集団での協力関係を形成することが生きる上での重要な条件であったことから、人の心が、集団のルールを破る裏切り者の存在に敏感になるよう進化したことが述べられている。
 興味深いのは、『最近、社会で不道徳な行為を見かけても注意をする人が少なくなったと言われます』(石川, 161p)という記述だ。
 つまり、裏切り者を見つけ、然るべき処罰を与える動きが現代社会の一部において弱くなっているという。確かに、このような言説は、読者も少なからず耳にしたことがあるだろう。
 
 近頃、他人に注意する人が少なくなったと言われる要因は、共同体の消失(または社会の個人化)にあると考える。
 かつて、共同体としての繋がりが強かった時代は、出会う人は同じコミュニティに属する人が大半であった。相手がどのような人であるか、また、どのような人でないかが凡そ検討がつくため、注意はしやすい。また、注意をして自分が属する共同体の構成員の振る舞いを改善させることは、自分にとってメリットであった。
 しかし、職業が多様化し、交通網が発展した現代社会において、もはや私たちが近所で出会う人はどこの誰かはほとんどわからない。素性がわからないので、注意した時にどんな反応が返ってくるか予測ができない。相手によっては恐ろしい反撃を受ける可能性がある。また、同じ集団に属しているという意識も薄れつつあり、注意をするメリットも薄い。道を歩いている時にすれ違う人や、電車で隣に座っている人は、たまたまその場で出会った、その場限りの関係であることがほとんどである。
 このような社会の変化が、注意をする人が少なくなった要因であるだろう。
 
 その中で、新型コロナ感染拡大を機に登場した「自粛警察」の存在は注目に値する。

 自粛警察はまさに、狩猟採集時代に我々が進化によって獲得した、裏切り者に敏感に反応する心の働きによるものだ。
 また、自粛警察の登場は、匿名性を持つインターネットによって、自分が守られていることが大きな要因だ。インターネット上では、強く注意したとしても、憤った相手から自分が報復されるリスクは限りなく低い。対面の場合は、注意すべき他者の行動を目撃したとしても、何か報復されるリスクがあるために関わらないという戦略を選択する人は多いだろう。
 この報復リスクの低さがインターネット上での自粛警察の登場と大きく関わっていると考える。直接お店に貼り紙をするといった攻撃も見られているが、やはり、匿名性を保った形式が多い。
 また、インターネットでは、そこで出会うほとんどの人が素性がわからない他人であり、実生活では関わりえない人にアクセス可能である点が自粛攻撃をプッシュしていると思われる(おそらく、自粛警察構成員の攻撃対象は、自分がほとんど利用しないお店であろう)。
 

【まとめ】
 自粛警察の登場は、進化心理学の知見を踏まえると、営業自粛、外出自粛という私たちのルールを破る裏切り者に敏感に反応している自然な存在である。
 ※自粛警察の行き過ぎた要請の是非が問われているが、本記事では良い悪いの価値判断をしている訳ではないので、留意いただきたい。

 

【参考図書】

石川幹人, 2010, 『だまされ上手が生き残る 入門!進化心理学』, 光文社新書